東京地方裁判所 昭和41年(ワ)7886号 判決 1971年4月28日
原告
石坂こと黒田ふく
代理人
関根俊太郎
外四名
被告
藤浦力枝
被告
老川兼吉
被告
株式会社みつば商会
右代表者
老川兼吉
右被告三名訴訟代理人
増岡正三郎
同
増岡由弘
主文
被告藤浦は原告に対して別紙物件目録(二)記載の建物を収去して、別紙物件目録(一)記載の土地を明渡し、かつ昭和四一年五月一日から右明渡しずみに至るまで一箇月一五〇〇円の割合による金員の支払いをせよ。
被告老川、被告株式会社みつば商会は原告に対して別紙物件目録(二)記載の建物から退去して、別紙物件目録(一)記載の土地の明渡しをせよ。
訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
事実
第一、各当事者が求めた裁判
原告
「一、被告藤浦は原告に対し別紙物件目録(二)の記載の建物を収去して、別紙物件目録(一)記載の土地を明渡し、かつ昭和四一年五月一日以降右明渡ずみまで一箇月一五〇〇円の割合による金員を支払え。二、被告老川および被告株式会社みつば商会は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物から退去して別紙物件目録(一)記載の土地を明渡せ。三、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決、および仮執行の宣言。
被告ら
「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二、各当事者の主張
一、原告の請求原因
(一) 原告は別紙物件目録(一)記載の宅地五九坪四合三勺を所有している。
(二) 昭和二一年四月頃、原告は方福子に対し、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という)を、期間を二〇年と定めて賃貸し、同人は本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以上「本件建物」という)を所有していた。
(三) 昭和三一年四月頃、方福子から被告藤浦が本件建物所有権を、被告藤浦、被告老川の両名が本件土地賃借権をそれぞれ譲受けたうえ、被告藤浦、被告老川の両名が原告に対し、本件土地賃借権譲受けの承諾を求めたので、原告は、期間を方福子との約定賃貸期間の残存期間である昭和四一年四月末日迄、賃料を一箇月一、〇〇〇円(但し、昭和三六年に改訂され、右期間満了時の賃料は一箇月一五〇〇円となつていた)と定めて、右賃借権譲受けを承諾した(右承諾に基く原告と右被告両名間の本件土地賃貸借契約を、以下「本件賃貸借契約」という)。
(四) <中略>
(五) 被告会社は前記のとおり本件建物の使用により本件土地を占有している。
(六) よつて、原告は、被告藤浦、同老川の両名に対し、本件賃貸借契約の終了に基く本件土地の明渡を、被告藤浦に対し、昭和四一年五月一日から本件土地明渡済みに至るまで、右明渡債務不履行による賃料相当額である一箇月一五〇〇円の割合による損害金の支払いを、被告会社に対し、本件土地所有権に基いて本件土地の明渡しを、それぞれ求める。
二、請求原因に対する被告らの答弁<以下略>
理由
(一) 前記原告の請求原因(一)、(二)、(三)、(五)の各事実(但し、被告藤浦の本件建物所有権取得時期を除く)、および昭和三九年四月頃から原告が被告藤浦、同老川に対して、数回にわたつて口頭で本件賃貸借契約の更新拒絶の意思表示(更新に対する異議)をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
(二) そこで、本件賃貸借契約の約定期間が満了した昭和四一年四月末日当時、原告が本件賃貸借契約の更新を拒絶し得る正当事由があつたか否かについて考えてみる。
(1) <証拠>を合わせて考えると、次の事実が認められる。
被告藤浦は昭和二九年二月頃に方福子から本件建物所有権を譲受け、同月一八日、その登記を経由したが、昭和三〇年一一月頃になつてから本件建物をみずから使用するようになり、昭和三一年一、二月頃になつて、原告に対して本件土地賃借権の譲受けの承諾を求めたが、原告はこれを拒絶した。そして、原告は田島良郎弁護士に本件土地の明渡請求を委任し、被告藤浦、同被告の事実上の夫(いわゆる外縁の夫)である被告老川の両名は増岡正三郎弁護士に原告との交渉を委任したので、右両弁護士が接渉した結果、昭和三一年四月七日、右両弁護士立会のうえで、原告と被告藤浦、被告老川の間で、原告は右被告両名に対して本件土地を、原告と方福子間の本件土地賃貸借期間の終期である昭和四一年四月末日まで賃貸する、賃料は一箇月一坪に付いて一〇円とする(右二点については前記のとおり当事者間に争いがない)、右期間満了したときは、協議して賃貸借を更新するか否かを定める、協議が整わないときは、本件建物を建物自体のみの時価で、時価に争いがあるときは東京地方裁判所指定鑑定人の鑑定による時価で、原告が買取る、右被告両名は原告に対して、右被告両名が本件土地賃借権を譲受けることに対する承諾料(いわゆる名義書替料)として二〇〇、〇〇〇円を支払う、という合意が成立し、右被告両名は右約定にしたがつて原告に対して二〇〇、〇〇〇円を支払つた。右承諾料の額は、当時における本件土地一坪の更地価格にほぼ匹敵する(したがつて、本件土地全部の更地価格のほぼ一割に当る)ものであつた。
右のように認められ、被告藤浦本人、同老川本人(第一回)の供述のうち、被告藤浦が本件建物を方福子から買受けるに際して、原告から本件土地賃借権譲受けに対する承諾を受けた旨の供述は、原告本人の供述に照らすとたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。原告は、本件賃貸借契約の約定期間満了と同時に、被告藤浦被告老川の両名は本件土地を原告に明渡すという定めであつたと主張するが、右認定のとおり、約定期間満了のときは、本件賃貸借契約を更新するか否かについて協議する、と定められたことが認められる以上、原告の右主張は採用できない。他方、被告らは、原告が本件建物を買取る(被告藤浦が本件建物を原告に売渡し、被告藤浦、被告老川が本件建物、本件土地を原告に明渡す)のは、原告に本件賃貸契約の更新を拒絶する正当事由が在る場合に限るということを定めたものであると主張し、前掲記の甲第六号証(前記認定の合意を記載した契約書)には、「第五条協議の整はない場合は借地法に基いて存立家屋を甲(原告を指す)に於て買取るものとする。」と記載されているが、右の「借地法に基いて」なる文言があるからといつて、原告が本件建物を買取る場合を、更新についての合意が成立せず、かつ原告に更新拒絶の正当事由がある場合に限つたものと解することは、右約定の文言自体の文理上から困難であるし、また右約定を設けたことに契約当事者が認める主観的意義を軽視するもので、相当でないから、被告らの前記主張は採用できない。
ところで、前記認定の合意のうち、本件賃貸借契約の約定期間満了の際、その更新についての協議が整わないときには、原告が本件建物を買取るという約定は、借地法第四条第一項に違反し賃借人に不利益なものであるから、同法第一一条によつて法律上は無効なもの(右約定を設けた客観的意義はないもの)といわなければならない。被告らは右約定が法律上無効なものである以上、右約定がなされたということは、更新拒絶の正当事由の存否の判断について斟酌すべきでないと主張するが、法律上無効な約定であつても、約定がなされたという事実自体を正当事由存否の判断資料とすることは何ら差支えないと考えるので、被告らの右主張は採用できない。
(2) <証拠>を合わせて考えると、次の事実が認められる。
原告使用地上にある原告所有家屋は木造モルタル塗二階建、一部三階建で、昭和三五年頃にそれまであつた平家建家屋を増改築したものであり、一階のうち約二〇坪余は原告が従業員一〇数名を使用して営む喫茶店店舗、約一六坪余は原告の事実上の夫である石坂幸男(昭和四一年二月一一日、婚姻し、昭和四三年八月二二日、協議離婚したが、その前後を通じて事実上原告と夫婦として生活している)が経営する出版業を営む従業員数約二〇名の会社の事務所として、二階約三九坪余には和室の八畳二室、六畳、五畳半、五畳、四畳半各一室、約一〇坪の洋室一室のほか台所等が、三階には六畳間位の室が二室あり、原告、およびその家族計四名のほか、原告が経営する喫茶店の従業員、石坂幸男が経営する出版社の従業員等計八、九名の居住用に使用されている。原告としては、右の石坂幸男が経営する出版社の事務所部分が狭隘であり、また原告が営む喫茶店店舗も拡張したい希望をもつており、二階、三階の居住部分も一部を前記出版社、喫茶店従業員の居住用に充てなければならないため、家族の居住部分がやや手狭であると感じているので、本件土地を含めたその所有地上にビルの建築を計画している。
右のように認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(3) <証拠>を合わせて考えると、次の事実が認められる。
被告藤浦が本件建物を買受けた当時、同被告、および被告老川は、本件土地から約三〇〇メートルの距離にある通称上野アメヤ横丁にあるマーケット内の約四坪位の店舗を賃借して、主として輸入品の化粧品、雑貨等の販売業を営んでいたが、前記(1)に認定したとおり昭和三〇年一一月頃からは本件建物を使用して軽食堂をも営むようになり、さらに約二年後から本件建物でルームクーラー等の販売、修理等を営み、昭和三五年七月、主として輸入品のルームクーラー、暖房器具の販売を営む被告会社を被告老川、同藤浦、およびその親族で設立し、被告老川、同藤浦がその経営に当るようになつた。被告会社は本件建物の一階を店舗兼倉庫、二階を事務所として使用しているほか、前記のアメヤ横丁のマーケット内の店舗、および都内の大丸、松屋、西武等のデパート数店に対し、あるいはこれを通じ、さらに被告藤浦の長男が担当している大阪出張所により前記商品の卸、小売販売を行い、昭和四二、三年頃においては、従業員数二〇数名で、年間販売高約三億、利益約一割の業績を挙げるに至つている。被告藤浦は肩書住所の借地上に木造瓦葺平家建居宅、建坪一〇坪余を所有し、これを同被告らの住居としている。被告老川は昭和四一年六月頃、蕨市に宅地三筆約一七坪余とその地上の新築の木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅、一階約八坪、二階約六坪を約二、〇〇〇、〇〇〇円位で買受けて、右家屋を賃貸している。被告会社は昭和四二年七月頃、吉原市の山林八筆合計約九、四〇〇平方メートルを約五、八〇〇、〇〇〇円位で、同年一〇月頃、前記のマーケット内の店舗部分、およびその敷地部分に相応する右店舗のあるマーケット建物およびその敷地の各共有持分権を約五、〇〇〇、〇〇〇円位で、それぞれ買受けている。
右のように認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。被告老川本人(第一回)の供述のうちには、被告会社の販売高の約四〇パーセントは本件建物の店舗における小売販売によるものである旨の供述は、前記認定のとおりの被告会社の販売高と検証の結果によつて認められる本件建物階下の被告会社の店舗の状態、被告会社の主たる販売商品がルームクーラー、暖房器具であることなどを考え合わせると、右供述のみで右供述の趣旨どおりの事実を認めるに十分であるとはいえない。
右(2)、(3)に認定した原告使用地上にある原告所有家屋の使用状態、本件土地上にある本件建物の被告会社による使用状態、および被告会社において本件建物がその事務所、および店舗として果す機能を比較してみると、本件土地使用の必要性自体は、原告にとつてよりも、被告藤浦、同老川にとつての方がより強いものと認めるのが相当である。しかしながら、これに前記(1)に認定したとおりの本件賃貸借契約成立時の経緯、契約内容、および右契約当事者双方ともに弁護士を依頼し、その弁護士間の接渉にによつて定められたものであるということ(法律専門家でない者が法律専門家である弁護士に依頼して契約を結ぶということは、それによつて将来の紛争の発生を防止できると期待するからであり、かつ締結された契約は法律上有効なもので、履行できるものと考えるであろうことは容易に推測されることである)、前記(3)に認定した昭和四二、三年当時における被告会社の販売高、利益率および被告老川、被告会社の不動産取得状況等から推測される本件賃貸借契約約定期間満了時における被告老川、被告会社の資力等を合わせて考えると、前記(1)に認定した本件賃貸借契約成立にあたり、原告に支払われた承諾料の額が、通常の土地賃借権譲渡の際に授受される名義書替料の一般的標準額に近いものであつたことを考慮しても、本件賃貸貸借契約の更新を拒絶する正当事由があつたものとするのが相当であると考える。
結論
してみると、本件賃貸借契約は昭和四一年四月末日をもつて、約定期間の満了によつて終了したものといわなければならず、更新拒絶の正当事由の不存在を理由として本件賃貸借契約の終了を争うほかほかには、原告の請求を排斥すべき事由について何も主張がない以上、原告の被告らに対する請求はすべて理由があるといわなければならない。
よつて、原告の各被告に対する請求をいずれも認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、仮執行の宣言を附することは相当でないと考えるので、これを附しないこととして、主文のとおり判決する。(寺井忠)
物件目録(一)(二)<略>